2016年度12月研究例会 (第158回オペラ研究会)

講演会

個人の意思と社会の決定――ヴェリズモ、ロマン主義、そして世紀末

◇講演者:松本保美
◇日時:2016年12月3日(土)17:00-19:00
◇会場:早稲田大学 早稲田キャンパス 26号館(大隈タワー) 1102会議室
◇言語:日本語

概要

本発表ではオペラの思想を経済学的に解釈してみる。

社会の支配層と被支配層の選択肢の集合をそれぞれT,Sとすると、ロマン主義以前は、T=X (社会の全選択肢の集合)、S⊊T で,支配層の選択が社会的決定となる。ロマン主義時代はT⊊Xとなり、時代と共に、Tは小さくなる一方、Sは拡大し続け、最後には被支配層が支配層にとって代わる。この入れ替わりの過程で,様々な対立・抗争が生まれ、とりわけ,ロマン主義前・中期におけるオペラの悲劇的結末を導く。旧支配層の没落が明白となった後期には、旧支配層に対する皮肉や新興勢力に取り入る没落貴族など、冷めた内容のオペラが登場する。

時代的にロマン主義中期と重なるヴェリズモ・オペラでは、個人主義と自由主義の影響下、個人の自由で正直な考えが直接行動に現れる単純な空想的/夢想的思想が中心となるが、この現実を無視した浅薄な思想は、当然,悲劇的結末を導く。

一方,オペラとの対応で経済思想の変遷過程を見ると、ロマン主義以前は、新興勢力の台頭で旧支配層との対立が激しくなる中、前者を擁護する古典派経済学が誕生する。ロマン主義前・中期に登場した厚生経済学は社会内の対立を経済基準 (貧富の格差の測定・解消など) の面から解決しようと試みる。しかし、ここで用いられる規範的基準が恣意的だとして、一見ヴェリズモと似た自然科学思想が経済学に導入され、新古典派経済学が生まれたが、その理論的前提である民主主義が成立不可能だという証明 (=アローの不可能性定理) により、その存立基盤を失った。規範的基準の取り込み方は経済学の最も重要な問題の一つだが、現実社会を投影するオペラの動向は大いに参考になるだろう。

講演者プロフィール

早稲田大学政治経済学部経済学科卒業、同大学大学院にて経済学修士号取得。その後イギリス・オックスフォード大学にて経済学博士号取得。スイス・ジュネーヴの国連貿易開発会議などに勤務。フランス・セルジー=ポントワーズ大学、チェコ・プラハ(カレル)大学、スロバキア・ブラティスラワ経済大学等で客員教授。ベルリン・マックスプランク研究所等で講演。1992年アジア太平洋賞受賞。現職は早稲田大学政治経済学術院教授。著書に『オペラと経済学』(勁草書房、2010年)などがある。幼少よりピアノに親しみ、計15年以上に渡る滞欧時にはプラハ、ヴェネツィア、ロンドン、パリなどでオペラ劇場に通う。オペラの流行の変遷と経済思想の変遷との類似に関心を抱いている。好きな歌手はLucia Poppova。

※プロフィールは発表当時のものです


開催記録

参加者:9名

質疑応答

質疑応答の場では、オペラ創作の動向と社会の動きを数学的理論を用いて俯瞰した研究手法について、実際のオペラ研究で活用した場合の妥当性・汎用性が問われた。また考察対象にヴェリズモ・オペラがあったことから、発表者および聴講者が経験したイタリア南北の格差等にも話題が及んだ。