2017年度2月研究例会 (第169回オペラ研究会)

研究発表

《ニーベルングの指環》に投影された観客像 ――ワーグナーの観客論と1976年以降の諸演出を中心に――

◇発表者:舘亜里沙
◇日時:2018年2月3日(土)16:30-18:00
◇会場:早稲田大学 早稲田キャンパス 3号館 802教室
◇言語:日本語

概要

本発表では、R.ワーグナーの楽劇《ニーベルングの指環》(以下《指環》)の1976年以降の諸演出について、観客との関係性に着目して考察した。音楽劇作品を上演する側にとって、その上演が観客との間にどのようなコミュニケーションを生み出すかは重要な問題であり、ワーグナーもやはりその問題を強く意識していた。だが『オペラとドラマ』(1851)等から読み取れるワーグナーの観客論は、上演実践の場に潜在する流動性・不確定性と矛盾している点もあり、彼は観客の主体的な思考を要求する一方で、その思考が自らの「意図」通りであることを望んだ。こうした彼の態度は《指環》の稽古場においても、観客に感情移入させるためのリアリズムの演技とイリュージョンの舞台に執着せざるを得ない状況を生み、結果的に《指環》演出の可能性に自ら制約を課したと言える。

指環》がワーグナーや彼と直接関わりのあった人物の手を離れた1970年代以降の演出家の言説からは、彼らの要求する観客像が、ワーグナーの求めていた感情移入する観客よりも、上演内容に疑問符を付し作中人物と一定の距離を置いて思考する観客にシフトしたことが窺える。そのことは各演出家の手法にも変化をもたらすが、とりわけ1976年以降の諸演出では、観客とのコミュニケーションの在り方に明らかな変遷が見られる。1976年プレミエのP.シェローの演出と1988年プレミエのH.クプファーの演出では、ともに作中人物とは別の群衆が舞台上に現れる(彼らは「観客」を代表して登場していると解釈しうる)。ただしシェローの演出よりもクプファーの演出のほうが、《指環》への観客の関心について疑念の眼差しが向けられている。1999‐2000年プレミエの通称シュトゥットガルト・リングの演出や2010年プレミエのV.ネミロヴァの演出では、観客にパフォーマンスを通じて問題提起をするだけではなく、観客を強制的にパフォーマンスへと参加させる手法が用いられ、20世紀後半から試みられてきた演劇的実験の影響も見られる。


開催記録

参加者:計18名

質疑応答

発表前半の内容については、「感情 Gefühl 」をはじめとするワーグナー特有の言い回しについて、その 真意や定義が議論された。発表後半の内容については、発表中に見せた映像への所感に加え、冷戦期と 冷戦後の「神話」に対する認識の違いと、《指環》演出の変化についてまで話題が及んだ。